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ヴェルデハ軽戦車シリーズ(スペイン)






ヴェルデハ軽戦車シリーズ(スペイン)

1936年スペイン。親ソ派人民戦線政府成立。
だが人民戦線内部での権力闘争によりスペインは社会的混乱がうち続いた。
この事態を苦々しく思っていた右派軍部はスペイン領モロッコのメリリャ駐屯軍反乱をき っかけに各地で蜂起。ここに軍と政府によるスペイン内戦の戦端が開かれた。
カナリア諸島軍司令官フランシス・フランコ将軍を国家主席に任命した反乱軍だが、主 力となるモロッコ駐留軍が海空軍が政府側であったためスペイン本土へ侵攻できない。
そのため独伊に支援要請し、本土侵攻するも膠着状態に。
明けて1936年、現状打破のために反乱軍にはコンドル軍団などの独伊のさらなる援軍 が、
政府側にはソ連軍事顧問団と外国義勇軍が加わり事態は拡大化した。
1938年、反乱軍が優勢となりつつある中、スターリンの大粛清の影響でソ連軍事顧問 団は撤収、義勇兵による国際旅団も解散し政府側は一挙に劣勢となった。

このような背景のもと反乱軍で立案された戦車開発計画、
それがこのヴェルデハ軽戦車である。
正式名称はカルロ・デ・コンバッテ・リゲロ・ヴェルデハ・モデロ1939
1939年型軽戦車ヴェルデハの意である。
その名は設計者の砲兵司令D・フェリックス・ヴェルデハ・バーダレスに由来し、
アグルパシオン・デ・カルロス・デ・コンバッテ工房(戦車グループ工房)で製造される事と なっていた。
試作車は1938年10月に製作に入り、翌1939年1月に完成した。
だが同1月26日は政府側のバルセロナ陥落を皮切りに反乱軍の猛攻が開始され、3月 30日政府側拠点バレンシア陥落で内戦は反乱軍の勝利のもと終結した。
活躍する舞台を失ったヴェルデハ戦車は結局、生産に入る事も無く消えていったので ある。

*斎木伸生先生の「世界の無名戦車」による訂正と補足です。
ベルデハは1940年に生産に入りましたが国力や大戦の影響で100輌(もしくは92 輌)で生産中止。
さらに全く新規にベルデハUの開発に着手しますが、1943年遭難した独逸地中海 輸送船団をカルタヘナ港にて抑留した事により独逸4号戦車などの装備を入手。 これによりベルデハUは開発中止になります。
1945年にはベルデハTのうち数十輌をマーダーV類似の対戦車自走砲として改 造しました。これがC・75ATPです。
そして大戦後ベルデハTを元にベルデハVの開発を試みますが、既に旧式化し ていた基本設計は手の施しようが無く、間も無く放棄されたそうです。



75o対戦車自走砲C・75ATP


型式 ヴェルデハ ヴェルデハ ベルデハT C・75ATP ベルデハU ベルデハV
*ソース Technical
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世界の戦車
世界の無名戦車
生産年 1938〜1939 1940 1940 1945 1941開発着手
1943開発中止
1950
開発・中止
乗員数 3 3 3
重量 5.45t 6t 6.5t
10t
全長 4.32m
全幅 2.00m
全高 1.58m
地上高
履帯幅


前面 16mm 7〜15mm 10〜25mm 7mm 28mm
側面 16mm 7mm
後部
オープン
上面
オープン


上部 16mm
40mm
下部 16mm

上部 16mm
下部 16mm

上部
下部
上面
主武装 45mm
Modelo32
L/46×1
45mm
×1
45mm
×1
75mm
×1
45mm×1
(生産型75mm
の予定)
弾薬数 60発
副武装 7.92mm
MG13
機関銃×2
7.92mm
機関銃×2
7.92mm
MG13
機関銃×2
弾薬数 2500発
エンジン フォード
Modelo 48
水冷V型8気筒
80hp
リンコルン
120hp
スペイン
フォード
V型8気筒
スペイン
フォード
V型8気筒
ディーゼル
懸架装置 板バネ
ボギー式
板バネ
ボギー式
板バネ
ボギー式
最高速度 70km/h
44km/h
46km/h
航続距離 路上120km/h



この記事は
TANKS!
Technical Panzer Archives
Model Tank Gallery
The New York Military Affairs Symposium
第二次世界大戦資料館
世界の戦車1915〜1945 大日本絵画
世界の無名戦車 斎木伸生著
を参考とさせていただきました。

03/01/18




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