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セレラ・サハリアノ快速中戦車(イタリア)



47mm40口径砲装備試作車

セレラ・サハリアノ快速中戦車(イタリア)

我はクルセイダーのコピーにあらず



北アフリカ・リビアにおける戦闘において鹵獲された英軍戦車は
イタリアに持ち帰られ、ローマ郊外にて直ちにテストを受けました。


巡航戦車Mk.V(A13Mk.T)(1939)
重量14t 武装 2ポンド(40mm)砲×1、機関銃×1
装甲最大14mm 乗員4名
最高速度 48.2km/h 出力340hp


そしてその中でも巡航戦車Mk.V(A13Mk.T)の性能に深い感銘を受けた
イタリア軍当局は、当時の主力であったカルロ・アルマートM13/40より
高速で低姿勢な北アフリカ戦線専用戦車開発の必要性を痛感したのです。


カルロ・アルマートM13/40(1940)
重量14t 武装 47mmL35砲×1、機関銃×2
装甲最大42mm 乗員4名
最高速度 33.8km/h 出力125hpディーゼル


その開発に関する最初の言及は1941年5月24日、
カヴァレロ将軍とマリオ・ロッタ将軍間の書簡においてあらわれます。
そして6月23日にはカヴァレロ将軍とデ・ピグニア将軍の間でも議論されました。
これらの動きの中、アンサルド社においては後の正式モデルに非常に近い
自主設計案が「アンサルド-フォサッティ・カルロ・メディオ・セレラ1942」
と名付けられ開発着手。
M14/41中戦車を改造して実物大モックアップを製作する一方で、
1/10模型が8月に最高司令部に提出されました。
この段階で英国戦車ではなくソ連系の避弾経始を取り入れている事も見逃せません。





M14/41改造によるモックアップ(左)足回りがまだM11系のまま。
右の量産目前のP26/40と比較して下さい 非常によく似ています。
サハリアノはスタイリング的にはP26/40の避弾経始を受け継ぎ
さらに低姿勢性を盛り込んだ次世代デザインだった事がわかります。



こうしてアンサルド社に発注された
「カルロ・アルマート・ベローチェ(快速戦車)」と正式に命名された同計画は
重量13.1t、47mm32口径砲、乗員4名、275hpのSPA11エンジンを搭載し
55km/hの最高速度を持つものとされました。
足回りの設計においてはむしろスペイン内戦において鹵獲した
ソ連のBT-5を参考とした上でさらに一歩進め、
クリスティー式大型転輪にトーションバーを組み合わせたものとしました。



BT-5(1940)
重量11.5t 武装 45mmL35砲×1、機関銃×2
装甲最大13mm 乗員3名
最高速度 装輪110km/h 装軌64.3km/h 出力350hp



A13系列が英国におけるクリスティー式懸架装置採用車に対し、
BT系列はソ連におけるクリスティー型です。
トーションバーは大戦後主流となるものですから
この意味において既に英国巡航戦車どころか
クリスティー系のコピーと言う範疇さえ越えていたのです
巷間言われる「サハリアノはクルセイダーのコピー」説は
サハリアノ開発のきっかけとなった巡航戦車Mk.V(A13Mk.T)
巡航戦車Mk.Yクルセイダー(A15)の大本だった事、
クルセイダー同様クリスティー戦車の流れを汲むBT-5も参考にした事、
から来たものであって決して猿真似戦車ではなかったのです。


巡航戦車Mk.YクルセイダーMk.1(A15)(1940)
重量19.25t 武装 2ポンド(40mmL50)砲×1、機関銃×2
装甲最大40mm 乗員5名
最高速度 43km/h 出力340hp
初陣が1941年6月15日からのバトルアックス作戦、
サハリアノモックアップ製作時期とかぶっています
参考にするには登場が遅すぎ・・・



8月13日本設計案は最高司令部において正式に試作車輌製作の許可が下されます。
明けて1942年、恐らく春頃に試作車は完成したようです。
重量も13.5tと予定を殆ど超過しなかったため路上60km/hの発揮が可能でした。
しかし優秀なテスト結果とは反対に本車の前途には暗雲が立ち込めていました。


まずイタリアの戦車メーカーであるフィアット、アンサルド両社とも
現行主力戦車であるM11系列の生産で手一杯だった事。
M11系列は改良を重ね、この時期はM13/40もしくはM14/41となり、
後にはM15/42まで進化します。
常に性能的に劣勢ながらこの系列を生産中止にする事は
戦車の絶対数の不足を意味していました。

さらにサハリアノより先にアンサルド社において着手された
P75(後のP26/40)重戦車計画などが、本車の開発研究を著しく阻害しました。

最後に、ドイツV・W号戦車ライセンス生産案、
チェコスロヴァキアはスコダT-21(ようするに35(t)戦車)等の外国戦車の売り込み。
これらに対しイタリア企業の防波堤として、
国内戦車メーカーによる技術的優位を見せつけるテクニカル・デモンストレーター。
サハリアノには量産を前提とした試作車と言うより、
そのような位置付けがされていた節が多分にありました。



サハリアノは量産型においては75mm砲搭載予定でしたし、
P26/40重戦車より先進的な足回りは
将来のイタリア戦車に大きく寄与する可能性がありました。
しかしながら現実の前に夢破れ・・・
1942年7月最高司令部は次期主力中戦車をM15/42に決定、
サハリアノ開発計画はここにおいて終止符を打たれる事となります。
(上記の通り、北アフリカ戦が終わってしまったからとか、
 1943年末に休戦協定が結ばれたからと言うのは
 的外れな推測である事がはっきりします)


カルロ・アルマートM15/42(1942)
重量15.5t 武装 47mmL40砲×1、機関銃×2
装甲最大42mm 乗員4名
最高速度 40km/h 出力192hpガソリン



サハリアノに関する最終な正式書簡はSPAから1944年に出されたもので
「完全な新型にも関わらず火力と装甲が貧弱であり、
 より強力な新型エンジン搭載を望む」
と言う内容でした・・・







そんなに似てるか俺たち? どこが?
クルセイダー(左)とサハリアノ(右)





カルロ・アルマート・セレラ・サハリアノ(1942)




重量
乗員
主砲 機銃 エンジン 出力
hp
速度
km/h
装甲厚/傾斜角
防楯
前面 側面 後部 上部
カルロ・メディオ
セレラ
サハリアノ
13.5 4 47mmL/40
×1
8mm
ブレダ38
機関銃×1
SPA11
ガソリン
275 70.8 35/R 砲塔
車体上部
車体下部
30/75
30/40
30/45
25/75
25/55
20/90
25/75
25/45
-
15/0
15/5
-
カルロ・ぺサンテ
P26/40
26 4 75mm/34
×1
8mm
ブレダ38
機関銃×1
SPA V12
ディーゼル
(SPA342
ガソリン)
330
(420)
35.4
(42)
60/R 砲塔
車体上部
車体下部
60/75
50/45
50/45
45/75
45/65
40/90
40/75
40/90
40/50
20/8
15/5
-





この記事は
Skalman
Italtank
TANKS!
世界の戦車1915〜1945 大日本絵画
Second World War 1939-1945
La seconde guerre mondiale en mod les r duits
Second World War Tank Museum
AFV INTERIORS
を参考とさせていただきました。

クルセイダーとの時間的整合性については
四月一日さんに確認いただきました。
サハリアノのリクエストは缶めしさん。
また一つ、愛すべき水子戦車と
出会えさせていただいた事に感謝します。




スコダT-25中戦車(チェコスロヴァキア)

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