航空巡洋艦 1925年案




航空巡洋艦 1925年案

イタリア海軍は本質的にアドリア海を行動範囲とすると云う見解、
イタリア半島不沈空母(笑)思想によって
政府は海軍が航空母艦を持つ事に終始否定的でした。
さらに空軍が早い時期に独立していたイタリアでは
ほぼ全ての航空機は空軍の管轄下。
艦隊が航空支援を必要とする場合、常に空軍に要請を取る形になり
それは戦場においては致命的な時間の遅れを生じました。
海軍が直接運用できるのは戦艦と巡洋艦に搭載された水上偵察機のみ。
政府の反対にも関わらず、この現状を打破するべくイタリア海軍は
英米日など空母先進国にさほど遅れる事無く
航空母艦の研究に着手していたのです。


まず非公式なものでは1921年
G・フィオラヴァンツォ中尉の「対空巡洋艦」案。
1万トン30ノットの船体に
102mm対空砲18門、120mm対空砲16門を備え
16機の戦闘機を搭載と云う私案でした。

続く1925年、これが今回ご紹介する航空巡洋艦案で
イタリア海軍初の正式な空母研究計画でした。
排水量12480トンの船体中央部に飛行甲板を持ち、
その前後に4連装203mm砲塔を1基ずつ、
その主砲塔に背負い式に6連装40mm対空機銃。
飛行甲板直下両舷側に連装120mm対空砲(100mmとも)を3基ずつ。
肝心な事に航空機搭載数は不明。
本艦の面白い所は飛行甲板中心線上に前檣、後檣、煙突が突っ立っており
これをどうするのかと云えば、
航空機運用時はなんと船体に引っ込むらしい!?


イタリア海軍博物館に展示されている航空巡洋艦1925年計画案の模型

また艦尾はスライド式の扉と水上へのスロープが付いており、
水上偵察機の発進と収容を可能としていました。




もちろん同計画は政府に認可されませんでした。
これ以降もイタリア海軍は航空巡洋艦の研究を続けますが
結局どれも政府の認可するものとはならず・・・
イタリア海軍が自前の洋上航空戦力を持つのは
商船改造ながら本格的空母と云えるアクィラの登場まで認められず、
そしてそのアクィラも結局完成しなかったのは
悲劇以外の何者でもありませんでした。


計画年 排水量 速力 主砲 対空砲 搭載機 装甲防御 射出機
1921
私案
10000 30 なし 120×16
102×18
戦闘機16
1925 12480
203×4×2 120×2×6 不明
1928 15000 32 152×2×6
両用砲
100×2×8
両用砲
戦闘機18
偵察機12
攻撃機12
弾薬庫
ガソリン庫
機関部
1932 16000 32 152×4 102×7 40〜45
1936 15000 38 152×3×3 90×? 戦闘機24
急降下爆撃・偵察機18
舷側:60mm
水平:無し
2〜3



今回の記事は
Regia Marina Italiana
Battleships & Knights
を参考とさせていただきました




翼をください

トップへ
トップへ
戻る
戻る

航空巡洋艦 1936年案